母がグループホームで介護を受けるようになって、真剣に考えるようになりました。自分も母のように認知症を患い、介護に頼って生きるのだろうな、と。
介護のために退職した、介護に疲れて親を殺した、無理心中した、というニュースを観ます。
頼る家族の無い人は、早くから貯金するしかないと覚悟し、少しでも病気にならない体を作ろうとするでしょう。
もし自分が施設に入れば、どれくらいの費用がかかるのか。どれくらいの貯金があれば、何歳まで安楽に暮らせるのか。
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認知症サポーター養成講座を受けた後、オレンジのリングをもらいました。今、やわらかいリングをリュックにつけています。もしかすると、認知症の方が助けを求めて、町で声をかけてくるかもしれません。
NHKスペシャル「未完のバトン・最終回 人生の最期と“希望” 長寿社会の果てに」を観ました。「生きていても仕方ない」と感じる高齢者にとって医療は何をめざせばよいのか。在宅医療をチームを率いる医師は、患者自身が感じる《好ましい生活》をめざす姿勢を、オランダの医師から学びます。
日本で介護サービスが拡大するには、さらに多くの外国人労働者が必要になるでしょう。あるいは、年金生活者が海外(地方)で介護や医療のサービスを受ける、高齢者向けマンションへの投資と移住が増えるのでしょうか。
認知症の治療薬をめぐる開発競争、iPS細胞による認知症の治療も進むと期待されます。しかし、米中の開発競争に、日本の研究体制や製薬会社は対抗できるでしょうか。たとえアメリカ企業が新薬を開発しても、治療費として1億円を患者に請求するとしたら、ほとんどの人は治療してもらえません。
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The Economistの記事は、急速な人口減少を悲観する必要はない、と考えます。人口減少は「混乱」(大きな調整)を意味するが「破滅」ではない。
悲観論の3つの理由とは、1.政府債務・財政破綻、2.介護費用の増大と労働力不足、 3.高齢化社会のイノベーション・生産性の停滞、です。
楽観論の理由はなにか。高齢化に向かうと貯蓄が増えて、金利は低下するだろう。労働者は少なくなっても、労働参加率を上げることができる。人口が減れば、追加の資本形成ではなく、資本深化によって生産性を上げる。問題は、教育制度とビジネス環境によるイノベーションの制約だ。AIが支援することで、研究・開発は画期的に進む可能性がある。
しかし、政治が重要だ、と記事は指摘します。有権者が高齢化することで、支給年齢を引き上げる年金改革は難しくなり、若者や子育てのための投資が減る。結婚することも、住宅を買うこともできず、若者たちの不満、世代間の対立や政治不信を煽るポピュリストの攻撃が広まる。社会・政治の分断と人口減少の悪循環になる。
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一方で、各地の小さなコミュニティーが人々の善意を高めて、社会改革のための結束や連帯感を育てる未来があります。
老人の話を聴く傾聴ボランティア、スマホのAIパートナー、介護労働のハイテク化・介護ロボット。もしかしたら、厳しい市場競争と技術革新がもたらす社会の豊かさを分配する、老人と子どものためのベーシック・インカムができるでしょう。
保育園と老人ホームがコミュニティーの一部に併設され、若者・老人・外国人労働者の分断を超える《社会資本》への積極的な投資計画を、老人・社会改革党が推進します。
他方、不死を願う超資産家・独裁者(男)たちが権力を握り、自分たちの精子や遺伝子、脳を完全保存する、AI・ロボットに人格を移植するような、 SFの描くディストピアを政治が追いかける。出産や労働、老人、安楽な死、奴隷貿易のように外国人労働者を監視・管理する、もう一つの未来があります。
人口減少、高齢化、外国人労働者。これらに日本は答えなければなりません。